人の心情を察するのがへたくそ

コロナの影響で、見舞いに行けない、と、言われていたので、俺はそんなもんかと、半分忘れていたのだけど、お袋さんから電話がかかってきて、病院に確認したところ、やはり、見舞いはできない、と、これで何度目かわからない同じ言葉を、残念そうに言われる。 面会NGと分かっていても、自分も心配だし、親父さんも心配だろうから、見舞いに行きたいと、ずっと考えてる人もいる。 俺が、人の心情を察するのがへたくそなのは、そういうところなのだろう。 なのに、自分にトラブルが起きたときだけ、人に迷惑をかけまくる。

この2年、4年、8年、自分は何をやっていたのだろう…と、ついボンヤリしたり、気持ちがあちこちに飛んだりしてしまうので、音楽で、気持ちを現実に引き戻し、目の前の課題をこなす。 今後は、深夜に作業をしないほうが良さそう。 おっさんが、一人ぼっちの部屋で、過去の後悔をするときほど、不毛でしんどいものは無いね。 3日前と、今で、年齢も、状況も、見える風景も変わっていないのだけど。 もし今、職を探さねばならない状況だったら、気持ちの糸が切れていたかもしれない。

固形物は、賞味期限が切れそうだったガーリックパンをちぎって、4かけら。 何度も休み、休み、口に押し込む。 当面は、家にあるものを消費して、家に食材が無い状態にしたい。

物にしがみつくのは、もうこりごり。 ただ、前の部屋の退去のときのように、部屋がガランとしたとき、俺はそれに耐えられて、目は新しい方向に向くのだろうか。 ミニマリストって、若くて、夢と希望が部屋に満ち溢れているから、物を持たずにいられるんだよな。 PC関連なんかも、未開封新品の物が、結構あるので、ひさびさにヤフオクを再開する。 とにかく、市県民税と国保の支払いを終わらせないと。 支払い期限まで、騙しだまし生活して、お金をかき集めるような時間の過ごし方は、もうできない。




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